拝啓、あなた様
よく道を聞かれる人と、ほとんどそのような経験がない人とに大別するならば、わたしは前者だと思います。
おそらくだけど、わたしに道を尋ねる人は「この人なら間違いなく正しい道を教えてくれる」という確信をもっている人は皆無でしょう。それでもわたしに声をかけるのは「道を尋ねても怒ったりはしないように見える」という安心感からだと思うのです。
数日前に、職場近くで道を聞かれました。
「すみません」と言って近づいてきた女性は、「道を教えてください」オーラが出まくっていたので、わたしはその女性が本題に入る前から身構えてしまいました。
転職をして1年足らずです。この近辺の地理に詳しくはありません。きっとお役には立てないですよ、という緊張の面持ちで、その方の次の言葉を待ちました。
「この辺りにきんつばで有名なお店がありませんか?」
きんつば。
おしゃれなカフェとか、高級寿司店とか、有名シェフの店とか、そういったわたしとは縁のない店を訊かれるのかと思ったら、結構庶民的な店を訊ねられたことに、緊張がほぐれました。
ああ、きんつばの店だったら、おそらくあそこのことでしょう。
有名かどうかは知らないけど、店の前に大きく「きんつば」と書かれた看板があったから、あそこに違いない、と勝手に決めつけてしまいました。
女性はわたしの情報を頼りに、説明した方向に歩いて行きました。その姿を見送った後で軽く不安が覆ってきました。
店の名前も知らないぐらいにあやふやな情報なのに、まるでよく知っているかのごとく道案内をしてしまいました。もし違ったら、あの方は残念がるでしょうね。そもそも道案内も正しかったのかしら。途中で道に迷ったら「きんつば迷子事件」が発生するではないですか。
どうぞ、あの方が無事に有名なきんつばのお店に辿りつけますように。
かしこ
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